カイジ 和也編にみる共犯の成立範囲

第一回が「原作 福本伸行」だったんであまりそればっかり取り上げるのもなんなんですけど、
福本伸行先生の話はけれんみがあるといいますか、
「なんだそれ!?」を「本当かな?」と思わせる凄みがあるのでネタにしやすいと思います。
映画化によって文句なく彼の代表作となった「カイジ」シリーズですけど、
これについてもいろんな角度からいろんなツッコミが可能だと思います。


そんな彼の作品世界を支える舞台装置の一つに「黒服」があると思います。
黒服とは、黒いスーツを着てサングラスをかけたモブキャラです。
福本漫画に出てくる「ざわ・・ざわ・・」という擬音を発してる主体であるとも噂される彼らですが、
それぞれが一人の個人であるはずなのに、
あたかも組織そのものとして動くかのような面白い存在だと思います。
(もっとも、「カイジ」内でもカイジに温情をかけるシーンがあったり、アカギでは珍しく名前をもらえたりと必ずしも顔なしの存在ではありませんが。)
それにしても彼らはいったい何者なんでしょうか。
「天」や「アカギ」に出てくる黒服はヤクザの若い衆なようにもみえるのですが、
カイジ」内では貸金業者である「帝愛」に雇われている従業員のようでもありますし、
その正体はよく分からないところがあります。

ただどちらにしても彼らはカイジのようなギャンブル狂とは違って、
明日をも知れないというような人生を送っているような人ではないんだろうと思います。
ヤクザの若い衆だとしても毎日毎日黒服としてコツコツ働いてるんですから、
いずれは出世しようという野望もあるでしょうし、
もしかしたら家に帰ったら家族もいるかもしれません。
ひたすらロボットのように上の命令を聞くだけの存在ではないはずです。


漫画を見る限りでは、
彼らの仕事は基本的には会場運営補助(たいていは違法ギャンブル)やら物の運搬であって、
特段危険な作業を任されてはいないようにみえます。
しかし、最近の「カイジ」をみて驚いたことがありまして、
それが「カイジ 和也編」に出てくる「愛よりも剣」というゲームです。
これって一線越えちゃってるんじゃないの?って思うんです。


「愛よりも剣」とは拘束した男女2名に対して、
交互に剣を刺す場所を指定させるゲームです。
ゲームというか実際には処刑方法なのですが、
規定回数の剣を刺し終わった時点で生きていれば放免されるルールです。
拘束具は全身を覆う構造になっているのですが、
胸や足などに拘束具には複数の穴が開いており、
そのうちのいくつかには鉄板のガードがされているのですが、
ゲーム参加者はどの穴に鉄板が入っているか知りません。
つまり、上手く鉄板の入った穴を指定して、
なんとか生きたまま規定回数の剣を刺すことを目指すことになります。


なんとも陰惨なゲームですが、
ここで一つ注意をしていただきたいのは、
このゲームの間中、ゲーム参加者の男女2名は拘束されたままであることです。
そう、勘のいい方ならお察しなんでしょうけども、
実際に剣を刺す作業を行うのは黒服たちなわけです。
ここに僕は違和感を覚えるんですよね。
いくら上に指示されたからって自分の手で人を殺すか?って思うんです。
カイジ」内に出てくるゲームには人間の生死に関わってしまいそうなものがたくさん出てくるんですが、
そこでの彼らはあくまで被執行者が逃げないように押さえつける役目であったり、
執行装置の準備をするまでであって、
「愛よりも剣」のように自らの手で刺殺しろってのはかなり異色です。
本家本職のヤクザさんたちだって人を殺すときには刑務所息を覚悟したうえで、
身の回りの整理を済ませてから行うものだと聞きます。
それを何のためらいもなく(漫画ではないようにみえます。)、
人間の身体に剣をつきたてる彼らの姿は恐ろしく感じました。


前提が長くなったんですけど、
今回テーマにしたいのはこの「愛と剣」ゲームがもし官憲に発見された場合には、
誰がどう罪に問われるんだろう?っていう問題です。
登場人物は大雑把に分けると4名です。
①組長
 黒服たちを従えて男女2名がゲームを進行するのを観察しています。
②女(アリサ)
 ゲーム参加者のうち1名。組長とは恋仲であったが裏切った罪により「愛と剣」を強いられる。
③男(タツヤ)
 もう一人のゲーム参加者。女とは恋仲であり、女に組長を裏切らせた。
④黒服
 ご存知「カイジ」世界屈指のバイプレイヤー。
 組長の指示に従い拘束具を準備したり剣を刺したり。
⑤観察者
 他の組の組長を初めとした怖い人たち。
 組長が暴走してアリサ・タツヤを嬲り殺さないために呼ばれたとのこと。

おそらく一番簡単なのは①組長です。
組長は自分は直接手を下しません。
しかし、黒服に指示を与えて剣を刺させているのですから、
殺人罪」(刑法199条)であると考えられます(ただし、アリサ・タツヤどちらも死んでいなければ未遂です。)。
日本の刑法では直接手を下していなくても罪を問われる場合が2つありまして、
一つは従犯(教唆・幇助)となる場合であり、
もう一方は共謀共同正犯とされる場合です。
2つの違いは何かといいますと、
要するにその人が主体的に犯罪に関わっているかどうかで決まります。
(とはいえ科せる刑の重さに差がないので理論上の話でしかないのですが。)
主体的に関わるとは何かというのもいろいろな考え方があるのですが、
今回組長は場自体をお膳立てしただけでなく現場で自ら指揮を取りアリサらを殺そうとしているのですから、
その役割が主体的でなかったという言い訳は出来そうにないと思われます。
(なお、判例では殺人事件について、
 実行者である組員に指示を出した後、
 ずっと自宅にいていつ殺人がなされたか知らないような組長についても、
 共謀共同正犯として処罰したものがあります。)
ちなみに、「このゲームではアリサらが生き残る可能性がある以上、
『殺そうとした』とまではいえないんじゃないの?」というツッコミもあるかもしれませんが、
日本の判例では犯罪の故意というのは、
「積極的に殺したい」という気持までは不要であり、
「死ぬかもしれないけどそれでも構わない。」という程度でいいとされています。
剣で人を刺したら死んでしまうかもしれないというのは当然誰もがわかってることですので、
剣で人を刺すよう指示した組長に故意が認められないことは考えづらいです。
結局、組長が殺人罪に問われることに間違いはなさそうです。


では、タツヤ・アリサの2人はどうでしょうか。
タツヤはアリサを守るために当初は剣を自分に刺すよう指示していましたが、
最終的にはアリサに刺すよう方針を転換しました。
2人とも当然剣が刺さったら死んでしまうかもしれないことを認識していましたし、
自ら剣を刺す場所を黒服に指示しています。
ならば、先ほどと同じ理由から2人も共同共同正犯でいいんでしょうか。
しかし、組長の場合と圧倒的に異なるのは、
2人は剣を刺すよう指示する以外に選択肢がなかったんですよね。
そんな状況に置かれていながら「刺させたんだから同罪だ」ってのはあまりに酷です。
理論的にどう構成するかってのはいくつかありえると思います。
参考になる判例としては東京地裁平成8年6月26日判決があります。
これは「薬剤師リンチ殺人事件」として著名な事件ですが、
オウム真理教信者の被告人は麻原他に他の信者を殺すように説得されたのですが、
もし拒否すれば自分が殺されるかもしれなかったのであるから、
殺さない以外の選択肢が存在しなかったと主張し、
その主張が認められなかった判決です。
理屈としては「期待可能性」という主張でして、
違法な行為以外に選択肢がない状況で行った違法行為について罪に問うのはやめようということです。
上記の判決では「そう言うけど実際は拒否できたんでしょ?」と判断されたので有罪となりましたが、
期待可能性という理論自体を否定するものではありませんでした。
今回と問題状況はとてもよく似ていると思うのですが、
大きく違うところはタツヤとアリサは拘束されていて逃げようがないんですよね。
確かに、剣を刺す場所を指定しないのに勝手に黒服が剣を刺すことはないでしょうから、
タツヤもアリサも「殺人を行わない」という選択を出来たようにも思えます。
しかし、そうやって意地を張っていればいずれは解放されたかというと、
組長は基本的には2人とも殺すつもりでいたわけですしどうも難しいような気がします。
ここは「本当にゲームに勝ち残る以外に逃げられない状況であったか。」と裁判所が認定するかどうかにかかっています。


また、緊急避難という理屈も考えられるかもしれません。
緊急避難というのは漫画読みなら「金田一少年の事件簿」にも出てきたので馴染み深い概念かもしれませんが、
相手を攻撃しないと自分が助からない状況で行った攻撃を罪に問わないというものです。
有名な例は「カルネアデスの板」と呼ばれるもので、
2人を支える浮力がない板を巡って2人の人間が争い、
一方が他方を殺したとしても罰することは出来ないという寓話です。
今回のアリサらの状況でも他方が死ねば、
死んだ他方の身体に剣を刺すことでゲームを終了させ、
自分が生き残ることを図ることができるので、
相手を殺せば自分が助かるという状況にあります。
ただこれも結局、「本当に相手を殺す以外に方法がなかったのか?」を問われることになりますから、
こちらも結局は裁判所がどう事実をみるかという問題に帰着しそうです。


④黒服についても少し似ています。
普通に考えますと自分の手で人を刺してるんですから、
当然殺人罪であると考えられます。
もちろん彼(ら)も殺したくて殺してるわけではないんでしょうが、
先の判例を参考にすると
「もし断ったら殺されるかも。」という程度では無罪にならないのですから、
黒服たちが罪に問われることはほぼ間違いないと思われます。
現実社会のヤクザたちは組のために殺人を犯した場合には、
組が責任もって残された家族の面倒をみてくれたり、
戻ってきたときにはそれなりの地位を用意されていたりと聞きますが、
十把ひとからげの雑用の如く扱われている彼らにそこまでの厚遇が用意されているのでしょうか。
本当に「組長がやれっていったから刺しました。」で動いていいのかよくよく考え直す必要があるんじゃないでしょうか。


⑤他の組長はどうでしょうか。
漫画を見る限り、彼らは一言も発しませんし、
会場に来るまでに何が行われるかを知っていたかどうかも定かではありません。
しかし、ゲームが始まる前に組長が内容について説明していますし、
ゲームを滞りなく進めるための抑止力であることも本人たちは分かっていたはずです。
したがって、少なくとも従犯(幇助)として罪に問われるでしょう。
しかし、進んで組長と同じく共謀共同正犯までいくかと考えると、
やや微妙な問題に思えます。
組長たちは黒服と違いゲームを止めることもできたのでしょうが、
あくまで傍観者でありゲームについて意見したわけでもなく、
彼ら自身の感覚としても単に見に来ただけという程度かもしれません。
また、仮に彼らが来なかった、
あるいは途中で帰ったとしてもゲームは行われた可能性があります。
このような状況において本当に彼らの存在が犯罪の構成要素になっていたとか、
実行犯と一体になって犯罪を遂行したといえるかは難しいところがあります。
殺人が行われるのを黙って見過ごしていたという責任は重いでしょうが、
従犯に留まる可能性も否定しきれないように思います。


結論としては、
鄯 確実に殺人になる
 ①組長
 ④黒服
鄱 殺人にはなるけど役割の重さは評価しだい
 ⑤他の組長
鄴 無罪になるかも
 ②アリサ
 ③タツ


といったところでしょうか。
量刑としては①>④>⑤>②=③といったところと想像します。
今回は結構微妙な問題を含んでいて、
事実評価を行う人次第で結論が変わるんじゃないかと思うんですが、
事実評価ってのも結局は「こいつは罰するべきなのか」という問題ともいえます。
現実にこんな事件が起こったとしたら、
裁判員裁判にかけられるものだと思われます。
薬剤師リンチ殺人では職業裁判官によるやや厳しめとも思われる判断がされましたが、
もし裁判員が判断したらどうなるかというのは興味深い問題ではないでしょうか。